ローフードは無敵か?

ふかさわ:
ベジーさんの特集で、まかない料理を作らせてもらいました。卵使ってないのに卵の味がします笑 ちょっと遅くなってしまったけれど、先週末発売らしいので、本屋さんにいったらお手にとってみてください。
そういえば、全然話違うんだけど、この前、ある所で提供する料理の相談にのっていたとき、ローフードの事を話していたんだけど。。。

ローフードは和食

ローフードのメニューでパスタってよく目にした事があるんじゃないかと思う。パスタって言ってもロー(火を通していない)から、野菜を麺のように切ってパスタに見立てるもの。
まぁ、パスタって、ペーストって意味だから練りものじゃない時点でパスタじゃないんだけど、そういうの言い出したら止まらないので、一旦置いといて。。。)
それで、そのメニュー一緒に見てたら、「これって日本でいう『ツマ』やろ?」みたいなん言われて、そうそうツマです。人参とか大根とかで作るような、お刺身に添えるようなそれです。っていう話になった。
これは、料理作っている人の中ではよくある話なんだけど、普通の方から言われると、やっぱそう見えるんだなって、ちょっと納得。出す方は、おしゃれで活気的だと思っているのに、お客さんにはあまり魅力的じゃない事もある。

日本のローフード

海外から入ってくると、なぜか歓迎ムードな、OMOTENASHI感たっぷりの日本だけれど、日本にもローフードがちゃんとある。
いくつかあるけれど、その中に西式健康法というのがある。西勝造が作った、食や体の動かし方、生活の仕方など、生活全体にアプローチする健康法で、食は生食使った食事療法。その当時は、まだまだ回虫症などが多く、野菜は火を入れて食べた方がよかったが、西式健康法では、生食だけをしていれば、回虫を追い出す力があるとしていた。
僕は、本(ふだん料理革命)に、有機野菜でも、寄生虫や菌類によ害が現代でも影で話題を作っていて、調理前の熱処理や下ごしらえの仕方次第で、その害を出す事ができると書いたけれど、この西式の話を取り入れるなら、生の食材だけを取り入れるローフードは、多分その害があっても排出できる体質へと体が変換されていくんだと勝手に推測している。
ただ、西式でも書いてあったけど、生と調理したものの2つを一緒に取り入れては、排出する力が働かないという話が書いてあった。生活の1部だけをローフードにしている人は参考に。
まぁ、珍しく込み入った話をしてしまったけど、食事の選択は、自分の体に合うものを選択できるかにかかっているのは間違いなくて、その感覚を鍛えていくと、頭の欲望にとらわれず、今の自分に必要な食と近づけて選択する事ができる。
>じゃぁ、感覚はどうやって鍛えるのか?

食べ物が自分のベースになる

ふかさわ:
おめでとうございます。(といっても3が日過ぎてしまいましたが、、)んなことは気にせず、今年もよろしくお願い致します!
久々におせちやら、お正月料理やら?を年末年始、食べ過ぎて、今年は2日から食を減らしました。1年に1度は、どんちゃんさわぎも良いもの。そのせいか、昨日一昨日は、夢に久々にうなされた気がしました。

食べたものは夢にでる

こんなことを言うと、怪しいんですけど、食べたものは無意識にかなり影響します。
僕も、普段は、野菜が多いんですが、お祝い事とかの時には肉魚を頂くことが多く。その晩の夢には、食べるものによって、追いかけられる夢だったり、ジャンプする夢だったり、いろいろと見ます。
僕も食養の勉強をしていた時に、夢や性格なんかが食べ物で作られるというのを勉強しました。自分で夢分析を始めると、はぁ〜こんなにも食べ物は無意識に入るか!と、毎回感動します。
と言っても、無意識が食べ物で作られているわけはなく、池に石を投げ入れたら泥が舞うように、食べ物が、人の想いに振り子をつけるようなものだと思ってますが・・・

食べ物も想いの総量

ジョセフ・マフィーは、想いの総量が現実を創っていると言っていたそうですが、最近では当たり前のようにみんな言っていますね。
それと同じように食べ物も、総量のバランスで成り立っています。素材が育つまでに経験した想いの総量、調理人や頂く人の想いの総量。だから、いくらいい材料を用意しても、調理する時や頂く時にネガティブな状態にしてしまうと、料理全体でネガティブに作用するようになる。
逆に、ポジティブな状態に最終的に仕上げると、頂いた後もポジティブに作用する。

動物と植物

ただ、食材自体の想いの強さというのもある。動物はやはり植物よりも想いが大きく、植物はそれに比べ小さい。鉱物なんかになるともっと小さい。(あんまり触れると怪しいから、ココまで笑)
となると、調理する人にそんなに左右されない食べ物は植物性になってくる。素材の想いが強いものは、生産者や調理する側にもいろいろと要求されるものが大きい。
だから、身体が想いと感じたり、なんだか不安感に煽られるなとか感じた時は、3食のうち、1〜2食抜くか、植物性の料理に変えることを試してみてほしい。1〜2食抜くのがきつければ、野菜をジュースにしたものでもいい。
意外と、食に込められた想いや意識は、人に作用しているのだ。正月明けで今日から仕事という人も多いだろうし、ぜひ、実践してみてはどうだろうか?(きっとこの後、新年会とかもあるだろうし・・・笑 現代人は忙しいなぁ)
> 想いの料理を勉強するなら

料理のアイデンティティ

ふかさわ:
今年は無事仕事納めを迎えた。あとは、自分の家のおせちとそばをどうにかして、今年は終了だ。
先日呼んでいただいた出張料理で今年は仕事を納めたわけだけど、その中で、僕の料理を召し上がられた方が、「フレンチジャパニーズだね」っておっしゃっていた。

フレンチ風ジャパニーズ。。。。

僕は、基本的にビーガンの料理をさせて頂くのだけれど、洋風料理を日本の食材でアレンジすることが多い。
自分の料理の中では、胡麻豆腐ならぬ野菜豆腐がその印象が強いのではないかと思う。洋食の前菜としては癖がなく、始まりの一品として活躍してくれるのでよく作る。
今年も何度かお出させていただいた。食べた感じとしては、ちょうど胡麻豆腐とムースの中間の食感。味もムースほど濃くなくて、胡麻どうふほどさっぱりしすぎてもいない。中に入れる野菜は季節の野菜で、今回は大根を入れた。(写真は大根豆腐)。
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料理のアイデンティティ

こんな料理を作っていると、料理のアイデンティティについてよく考える。一体これは何料理だ?なんていう料理なのか?って。
基本的に、今あるレシピから半歩踏み出すと料理アレンジだけど、両足を踏み出してしまうと、全く違う料理になる。例えば、ミートソースに1つか2つスパイスをくわえるだけならアレンジだけど、3つも4つも加えるとキーマカレーっぽくなってしまう。
だから、料理の世界では、1歩半くらいレシピを離れると、すでにあるレシピにたどり着くことが多い。そう思うと、料理の世界はどんどん狭く感じてくる。

レシピをこえて・・・

でもね、僕は思うわけですよ。
同じレシピで作っても作る人が違えば違う味になる。ましてや、食材の糖分や水分なんかが違えば、くわえる調味料の量だって違うわけだから、レシピ通り作っても同じ味になるわけがない。
例えば、ペンネアラビアータという料理があって、僕が今の所一番おいしいと思っているのは南仏で食べたplanet pasta(とかいう名前の)お店のもので、大衆食堂なんだけど、いくらその味を出そうとしても全然できない。同じものを作ろうと思ったら、やっぱその土地の風土だったり素材だったり人だったり、その土地の風味が必要になる。
だから、レシピなんていらないっしょ、っていつも思ってしまう。そんなに凝った料理でなければ、材料に何が使われているかを知れば十分。
まとめると・・・
とりとめない話だけど、ようは、レシピに何を使ってあるか知って、自分の裁量で作れば、料理は十分美味しく作れる。アレンジしたければ、そこから半歩踏み出す。
c’est tout!(それだけっす)

滋味が大事。

みんな味付けや調理方にばかり目が行くんだけど、ホントに重要なのは、食材をどうやったら味付けをなるべく減らして、美味しさを引き出すように調理できるかという所。トップシェフと言われている人たちは、その点に一番注目している。
それは家庭料理も同じで、そこん所をお粗末にしてはいけない。レシピ本を買うよりも、素材の美味しさを引き出す調理の仕方と、自分の感覚を磨いた方がよっぽど料理が上達するし、何より滋味溢れる料理を作り、日々の活力につなげることができる。
形じゃなくて、中身のある料理作り。一年の締めには是非意識してみてください。
今年一年も、ブログやワーク、セミナーや講座を受けてくださる方々の熱く情熱的なご厚意と応援、お声がけにより、無事終えることができました。
来年もより一層、磨きをかけてフードサイコロジーを磨いていきたいと思いますので、皆様、来年もどうぞよろしくお願い致します。今年も、あと1日ですが、良いお年を! (大輝)
> せっかくだから、お正月に勉強するのもアリかもよ・・
 

ライフスタイルの優先順位を知る

ふかさわ:
最近、フードサイコロジーの「自分の物語を生きる集中ワーク」が好評だ。
ワークでは、宿題が毎回出される。みんな、やり始めはパッとしないし、なんだか上手くできているのか、本当にこれで解決につながるのか?自分らしいライフスタイルへの一歩なのか?など、疑問を浮かべられる。
でも、1ヶ月くらい経ってくると、変化が目に見えてわかるようになる。特に最近相談が多いのは、自己否定感や他人うらやまし病(僕が勝手につけた)に関するもので、それを払拭しようと集中ワークを受けようと思ってくださっている人もいる。

隣の芝生はアオイ

誰でもそうかもしれないけれど、自分が大変な時に隣の人の人生が上手くいっていたら、あぁ、いいな〜と思うのは普通。
人との比較が始まると、大抵は他人の人生の方がよく見える。人生とはいはいわないまでも、自分の理想に現実が伴わないと、不満感は出る。自分の中の理想と外の現実を比べたら隣の芝生は大体オアイ。
これは、子育てでも、人間関係でも変わらない。変わるのは、不平不満をぶつける対象になる人だけで、その原因が変わらないと根本的な解決にはならない。ようは、その対象が子育てや教育なら子供や夫、妻かもしれないし、職場なら上司や部下かもしれない。

でも、知っている

その根本原因というのは何かといえば、自分の普段意識できない無意識の記憶にたどり着く。
でも、最近では、割と多くの人がその事は知っていて、自分が変われば人が変わるという考えを一度は耳にしていて、努力もしている事が多い。でも、実際は、なかなか意識しただけでは解決できない事も多い。
実際に、フードサイコロジーを受けられる人は、何度か他でワークを受けた事があるか、自分ですでにチャレンジした方が多い。ワークの中では、自分で解決できる技術を実践して身につけてもらうため、今まで他のワークでやってきた事が腑に落ちた。誰かに助けてもらうのではなく、自分で解決する技術がついたといってもらう事が多い。

バランスを意識する

ワークの中では、その第1歩として、自分の中のバランスを知ることが必要になる。価値観のバランスだ。
誰にでも価値観があると思うのだけれど、自分の価値観には優先順位がある。例えば、僕の場合、読書、楽器の練習、仕事、食事、家事なら、
1読書、2仕事、3楽器、4食事、5家事
という具合になり、読書や仕事が面白い時は、食事や家事よりも優先する事が多い。でも、例えば、この価値観の優先順位が僕と正反対の人と仕事していたらどうだろう?

人によって価値観はまちまち

彼女(または彼)は、家の事や食事が優先なので、仕事を早く終わらせて帰りたいと思う。(僕は、次の魅力的なプロジェクトに夢を膨らませているにもかかわらず、そそくさと帰ってしまう。)
または、仕事帰りに音楽でも聞いて帰ろうと誘っても、家の事があるからと、帰ってしまうかもしれない。
こんな風に、自分の中の価値観のバランスを整理する事は、客観的に自分の状況を見返すのに思いの他役立つ。大切なのは、まずは知ることで、これを知って意識するだけで、どういう方向に自分がいきたいか、自分が問題を抱えているなら、その原因はなんなのか気づくことができる。
気づいて、日常の違和感の元が少し分かってくると不思議なもので、ひとのからだはその違和感を自然に改善しようとしてくれる。からだには、よくなろうとする本能的な欲求がもともとある。
薬を使わない産婦人科医で有名だった伊藤慶仁先生は「人のからだは常に正しく働く」とおっしゃっていた。フードサイコロジーのワークの趣旨は、自分の意識をなるべく外して、からだの働く力を高めるところにある。
まずは軽く取り組みたい場合は、
>> 無料でフードサイコロジーのセミナーを受けられます

来年は執着を手放す年

ふかさわ:
先日、幸運なことに女子会にご招待頂いた。食事会の中で、カラーセラピーのcaco先生のお話を聞きながらご飯を頂いた。
お話の中で出たのが、年の色だ。今年は、オレンジ色。目標を達成、決定する年だったようだ。来たる年、来年の色というのは。。。

来年の色、、、

来年は、バイオレット、赤紫。どうも今年決めたり、達成した事がどうだったか、判断される歳らしい。
その中で、執着を断ち切るという話が出た。今年決めたものが来年上手くいかなくても、それを無理やり修正しようとしたり、必要以上にそれにしがみついたりする事の無いようにとの話だった。

執着はどこから??

こんな経験あなたにもあるんじゃないだろうか?僕は結構思い当たる節がある。日常的にも執着することはとっても多い。フードサイコロジーのワークを続けているからか、少しはましになったのかもしれないけど、欲望は断ち切れない。
夕飯にあれが食べたいとおもって、それを食べられなかった場合、寝る前まで食べたかったなとおもっている。。。笑
でも、いったいどこらへんから執着が自分に影響を及ぼすのだろう?
執着と目標の違いはなんだろう?
愛情と執着の違いはなんだろう?
この違いについて考えたことがあるだろうか?
愛情が裏返るきっかけについて考えたことがあるだろうか?
今日の昼間、フードサイコロジーの相談を聞いていながらおもった。
執着との境界に気づくコツは簡単で、
食べ物をよく味わうように、自分自身の内側を味わうだけ。
今日から、実践してみよう。
> コツを知りたいならこんな講座もあります。無料ですぐ受けられます。

運を引き寄せる力はバランスのチカラ

ふかさわ:
今朝、慌てて家を出て、しばらく走ってから空を見ると、雨が降りそうなことに気づく。
あっ!と思い傘を忘れたことを実感し、やってしまったと思った時、なんでか知らないけど、前にトルコの大使から聞いたトルコの「運」の価値観を思い出した。
足を踏まれたらラッキー!!
大学の卒業生の方がトルコの大使を長らくしていたので、その話を聞きに行った時の話。トルコ人は、足を踏まれたらラッキー!と言うという話があった。(個人的な感想なので、事の真偽はとりあえず置いておいてね・・)
足を踏まれた時に、このやろ!と思ったらそれは、自分のどこかの行いに返ってくるという。ほぉほぉ。聞いた時は、単に価値観や文化観の違いからくる、因果応報とか、カルマといった考えの類かなと思ったのだけど。
よくよく考えてみれば、そうでもなかった。
いい時もあれば悪い時もある
前にPodcastで話題にもなったけど、世界中に運命学というのがあるけど、それでは、必ず人には、いい時もあれば悪い時もあるというサイクルが採用されている。
人は、いい時よりも悪い時にフォーカスしやすいから、悪い時の方が印象に残りやすい。でも、実際はバランスよくできている。
運が悪い人は、思い込み
確かにどう考えても運が悪い人というのはいるのだけど、その運が悪くなるトリガーというのは自分でひく事が多い。というよりも、無意識に引いている。
そういう人に限って、自分が、今その瞬間に、何をしているか、何をしたのか、何をしたもらったのか、意識をする事が少ない。自分の今をよく知らない。
運をよくするコツは、自分の瞬間瞬間をしっかり意識する事。そうすると、小さなラッキーがたくさん発見できるばかりでなく、自然と運がよくなるように感じる。自分の今を意識するのは、誰にでもできて、今から始められる。
ぜひ、今この瞬間から、自分のイマを感じる技術を磨いていこう。いいものも、悪いものも、どっちも自分の人生にあるのを意識する。そのバランスが大切。
今日も良き日に!
たいき

やってはいけないライフストーリー・・・?

ふかさわ:
昨日、子供の話が出たけど、実はあれって教育以外にもものすごく深いテーマがある。
実は、昨日の記事にも書いたように、子供をなかなか最後まで見守っていられない。子供に限らなくても、他人を最後まで見守っていられないというのは、やってはいけないライフストーリーの一つだ・・・

ストーリー1:

人には、それぞれ固有の思考パターンがある。それで、自分なりのライフストーリーを生きているつもりだろうけれど、無意識に人の人生を生きている事がある。
もうすでに気づいてると思うけれど、きっとあなたの中にも過去に人の人生を強いられた経験が多かれ少なかれあるはずだ。多くの場合、両親の人生を小さい時に強いられる。。。

ライフバリュー:

その人に強いられたストーリーというのは、あなたの価値観に無意識のうちに影響を与える。人を、自分の基準でコントロールしたいと無意識に行動するようになる。
昨日の記事で触れた両親のコントロールが減ると、子供の学習スピードが上がっていくというのは、コントロールが外れたときに、子供が自分の人生を本気で生きようと思えるからだろう。両親の人生を強いられているうちは、子供は自分の人生よりも人の人生に価値基準を置いて生きようとしてしまう。

大人のストーリー

今、多くの大人が自分に根ざした人生を生きたいと、ワークスタイルを変えたり、本当の自分を探そうとしている。それには、こういう過去の強いられた呪縛を解消する方法も一つの解決策となる。
自分がやりたいと思っていること自体が、本当に自分のストーリーに必要なものかは、その呪縛を取り払わないとたどり着くことは難しい。

今ある環境を大切に

だから、もしライフストーリーを変えたいと思っている人がいるなら、今の環境から、自分の心のケアをしていく方法をお勧めする。
子育てをしている人なら、子供を育てるときに、仕事を変えようとしている人は、生き方を真剣に考えたときに。自分が嫌だと思うこと、不快感が出るところというのは、過去の引っ掛かりを取り去るきっかけになる。
そのコツは、その不快感をひたすら味わうことにある。日常の中の違和感、逃げずに、それをただ感じてほしい。
味わうことで、誰にでも解決できる自己治癒力というのは備わっている。
Just Feel it!!!
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子供が勉強できるようになるコツ

ふかさわ:
「うちの子、今度のテスト大丈夫ですかね?」
この前、親御さんから聞かれて、大丈夫かどうかなんてしらんがなと内心思いながらも、「大丈夫じゃないですかね(+笑顔)b」って答えた。
もちろん、嘘で言ったわけではなく、大丈夫だと思ったからそういった。結果、その子はしっかり9割以上の点数を取ってきた。。。
実は、勉強がよくできるコツは、勉強よりも本人の中にある・・・

勉強の悪循環・・・

教育業もマーケットとして成熟してきている分、顧客も多いわけで、自分の子供の勉強の事を心配する人は多いはずだ。勉強の基本をみんな人と比べてみるものだから、自分の子供のテストの出来が悪いと、心配になって勉強をさせようと塾にいれたり、カテキョつけたりする。
でも、勉強したくない本人を勉強させるときに、みんな無理やりやらせちゃう。「勉強しなさい!」って。それやっちゃうと、どんどん勉強しないから、親はますます心配になって、悪循環に入っていく。

何が問題なの・・・?

んじゃ、どうしたらいいの?何が問題なの?かって、そりゃ、親の気持ちが問題なわけですよ。
子供は、意味のない勉強なんてしたくないわけだから、する事の方が問題なわけで、勉強をさせるっていう構図は、二人にとって問題なわけ。
最初は、親だけの問題1つだったのに、こうやって問題が2つになる。これを無理やり進行すると、問題は、対数のようにガーッと一気に増えて行く。
(もちろん、子供が勉強したいとか、今のままじゃヤバいから勉強しなきゃと思っていれば別ですけどね。)

悪循環を解決する

だから、この悪循環を断ち切るには、親が自分の心配している部分をケアする必要がある。
親が気にならなければ、全部クリア。勉強ができていないのが、「いけないこと」だとジャッジしている部分に問題があるわけだ。
フードサイコロジーでは、子供を持つご両親へのアドバイスもしているけれど、子供にどうこういうよりも、それを心配する親の内面をケアしていくと、子供が生き生きしてくるケースが多い。

自分の人生を生きる

子供は、強いられることが少なくなり、自分らしく生きることができるようになる。そういう環境をセーフベースというけれど、セーフベースでは、生きるチカラが育つ。
結果、子供が、自分の人生開拓のために勉強をし始めると、学習意欲や、吸収力が桁違いに違う。
子供が自分に根ざす前に、強制力だけで動かすと、表面的で短期的には結果が出るが、その子らしさからは遠のく。
あなたは、自分の子供を見守っていられるだろうか?
>>味わいのワークは、その第1歩にきっとなる。

Facebookやめちゃいな!

ふかさわ:
たまたまニュースフィードで流れてきたけど、「FBをやめると人生の幸福度が上がる」と。
あるデンマークのシンクタンクでの調査らしいけど、ホンマかいな・・・
僕はもともとFBはオブザーバーなので、投稿ほとんどしてないし、ユグラボの投稿もシェアしているだけで、メッセンジャーがアプリとして独立したあたりからは、FB自体を私用ではほとんど開いていない。
そんな僕でも、あぁ確かにと思う記事だったので、ちょっと取り上げようと思う。

FBで他人と比較する癖がつく

僕も相談事に仕事上関わるのだけど、FBで悩む人は意外に多い。
ニュースフィードみて、他人の人生が華やかに見えると、自分の日常が簡素に思え、劣等感をいだいて落ち込んだり、「いいね」のし合い地獄にはまったりとか。
それを意識しているならまだマシで、時には、張り合い合戦になって、本来の自分らしくない、外向けの自分を表現し始めてしまう時もある。そうなると、意識は外に外にいって、自分自身がどんどんペラペラに中身のないものになる。

ちょっと考えよう・・・

でもね、よく考えてみてよ、例えばさ、どんなに華やかな生活してたって、家に帰ったらジャージの方が落ち着いたりとか、人からはえ?って思われるものが好きだったりとか、人に言えない自分のアイデンティティーって誰にでもあるんだよね。
FBもそうだし、インスタとかラインとかSNSのタイムラインに流れてくるのって、みんないいとこばかり切り取っているわけさ。だから、見せられない部分の方が実際は多いわけ。
そんなのみて、人からの評価で自分を判断すると、どんどん自分からかけ離れちゃうよ。だからって、こういうサービスをやめても、人に自分の判断基準を置いているうちは、問題解決に至らない。
どのサービスを利用するかよりも、自分の内側をケアして、自分に必要なものを判断するスキルをつける方が今は必要なのかな。
be yourSELF!
> 自分の物語を生きるならまずは自分の気持ちをよく味わう、これ重要っす。

恋愛運を今の2倍よくする!?

ふかさわ:街を歩けば、イルミネーション。ハロウィン終われば即クリスマス。日本はグローバル。僕は日本のそんなフレキシブルさは好きだ。
そんな季節になると大体、何故かわからないけれど、恋愛の相談をされる事が多い僕。というか、シーズン関係なしに昔から多い。。
それに関連して、今日はクリスマス前なので、パートナーがいる人もいない人にも役立つ恋愛運を上げる(または、関係がより愛情深くなる)コツを書こうかと。。。

上手くいかないワケ

実は恋愛には、容姿を綺麗にするとか、オシャレにするとかよりも、もっと根本的なコツがある。(と言っても僕はモテるわけでも恋愛上手でもないけれどね笑)
恋愛が上手くいかない人というのは、程度に違いはあるが、ジャッジがはっきりしている人が多い。
相手のココが悪いとか、ココが自分と合わないとか、粗探しをするのが得意。口に出すか出さないかは、もちろん人により異なる。
だから、普段から人をジャッジする癖を自分の恋愛にも持ち込んでしまう。もちろん、愛情がホットな内はジャッジが緩いのだけど。。。

相手を受け入れる

だから、相手のあら探しをするんじゃなくて、いい所を見つけて、相手を受け入れよう!相手は悪くない、悪いのは自分の心の使い方だ!相手の良いところも悪いところも受け入れなきゃ!!

そんな事みんな分かってる。。

でも、そんな事は色んな本にも書いてあるし、映画やドラマのテーマでも取り上げられているかは、誰でも知っている。
もしかしたら、それが出来たら、自分の恋愛は上手くいくかも。。。と淡い期待を抱く人だっていると思う。
ただ、分かっちゃいるけど、それが出来ないというのがきっと多くの人の現実だ。

では、どうやったら解決するか

こういう事を解決する一つの方法に、両親との葛藤を解消する方法がある。
実は意識している事の方が少ないが、両親との葛藤を誰でも腹の中に抱えている。伝説のセラピストと呼ばれた吉福伸逸さんは、これを人類最大のトラウマだと言ったほど、根深いものだ。

なぜか?

なぜ両親との葛藤かというと、小さい頃両親と過ごした記憶の中で抑圧した想いが、成長するなかで、不快感の元になっている事が多いからだ。
無意識レベルなので、僕らはその原因を認識する事ができないけれど、そのよくわからない不快感を断ち切りたいという衝動に負けて、ついジャッジしてしまい、行き過ぎると、自分で自分の行動を制御できなくなることもある。
「あ、ついやってしまった。。。」って感じで。

臭いものには蓋。。。

親の事は大きくなればなるほど、悪く言えなくなる。昔は、汚い言葉で罵っていたかもしれないのにね。。笑
だから、子供の頃辛かった両親との記憶には、だいたい硬い蓋が付いている。臭いものに蓋を閉めてしまえば、外見は綺麗な瓶に見えるが、時間が経って、中の匂いがきつくなってくると、きつく閉めた蓋のスキマから段々と匂ってくる。
そうなると、外からみれば綺麗なものにも、無意識に不快感をいただくようになる。それがいわゆるモヤモヤや自分ではどうしようもできない行動の元になる。

無意識にアプローチする

フードサイコロジーでは、やったことない人でも出来る瞑想のワークを通して、瓶の中をきれいにしていく。
実際にしていくと、現在パートナーがいる人は、より深い愛情がそこに生まれてくるし、いない人でも、いい出会いが多くなったり、価値観が変わり結果今までよりも良い恋愛ができる事もある。
親にどこかしら(外見、行動、価値観など)が似た人をパートナーに選ぶ事ってのは結構多い。最初は全く別のタイプと思うかもしれないが、付き合っていくうちに嫌だと思うところは、実は自分の親の受け入れられない部分だったりする。
いい出会いが多くなったように感じるのは、理論的な説明は不可能だけど、きっと自分の選び方や接し方が無意識に変わってくるからというのが大きいと思う。
それだけ、パートナーシップにも、とても深い根を持っているのが両親との葛藤というわけだ。新しい年に向けて、心のデトックスをしたい人は、ぜひチャレンジしてみてほしい。
>>ワーク後もフォローがあるフードサイコロジーの集中ワーク