王者の風格の料理を作る。。。

ふかさわ@ふーころ
 
この前、今話題?の『君の名は』を見てきた。と言っても、自分から行こうというよりは、半ば誘われる形で行ってきた。
正直、あまり気乗りはしていなかった。ところが、最初のオープニング2秒くらいで、ちょっとうるっときてしまった。
まだストーリーは始まっていないのだけど、映像を見たときに、その裏側の想いが伝わってきた気がした。存在感のあるものは、あるだけでいいなぁ・・・っと。何もしないのに、そこにいるだけで、輝きがナチュラルに伝わるような気がした。
予想外にアテられ、いや、恐れ入りました。。。(見てない人は是非!)

背景をどう描くか

と、映画の話をしたいわけではないけど、結構個人的には、あぁ、そうだなと思った部分も大きかった。
今ビーガン料理の世界は、結構変だったりする。ビーガンだからビーガンの食事情はナチュラルだろうと思っている方は多いと思うけれど、意外にケミカルなものも多い。既製品やレシピにも添加物が入っていたりする。(普通のものに比べれば、まだマシなんだろうし、どこまでをケミカルとするかは人による、、、)
今、とある食材を使った料理の研究で、その中で水と油の乳化をビーガンでどうやるかを研究中なのけれど、乳化剤としてのレシチンを使えば、とっても簡単にいく。
レシチンは植物由来もたくさんあるので、使っても問題ないんだけど、個人的には、食材に含まれている乳化成分で乳化する方法をとりたい。
例えば、みんな大好きマヨネーズなんかは、もともと、アリオリソースみたいな物から始まったと言われている。要は、ニンニクマヨネーズが原型。
そもそも、マヨネーズというのは、卵黄、ビネガー、オイル、塩こしょうで作る。普通は、水(ビネガー)とオイルを混ぜると、一瞬ちゃんと混ざるんだけど、時間が経つと、水と油に分離してしまう。ところが、マヨネーズは、水と油を卵黄の乳化作用で繋げているから分離せずに、ずっと白くもったりしたフォームを保てる。
ところが、マヨネーズの原型は、卵黄を使用しなかったという説がある。卵黄の代わりにニンニクの乳化成分を使ったのだ。(とあるレストランで、その作り方を初めてみて感動したのを覚えている。)
と、ちょっと硬い話になってしまったけど、ベジタリアン(特にビーガン)の文化は、今、明らかに動物性の文化を追っかけている。味だったり形だったり、それはそれで大切な事なんだけど、完成した形だけを追い求めると、中身を忘れてしまったりする事もある。
逆に、料理自体の完成系はあまりよくなくても、いいなぁと思う料理には、風格がある。美味しいとか、美味しくないとかじゃなくて「何かのヒキ」が料理にある。その源一つは、どういう状態で料理と接したかと言う「想い」の部分も関係あるんじゃないかなと思う。

料理の風格を大切に

その想いが人に伝わるかどうかはひとまず置いておいて、伝わる人には伝わるし、伝わらない人には伝わらなくてもいいと思う。
むしろ相手に完成した料理を評価されるところよりも、そういう気持ちで作ることがとても大切で、その気持ちが料理に入ると、無意識に相手に想いがつがなる気がする。料理を作る人は、素材と頂く人のつなぎ役かもしれない。
それだからか、作る時の想いが中に詰まった料理というのは、なんとなく見るだけで美麗さがあるし、食べれば美味しさを超えたストーリーも味わえる。
そう考えると、「美味しい」という言葉は、「うつくしい味」と書くけれど、味と料理自体の風格(込められた想い)から伝わる両方があって美しく、おいしいという意味なのかもしれない。結果(味や盛り付け)はどうであれ、一生懸命作った料理は、それだけで存在感がある。
と、まぁ、ロマンティックな話してますが、これ、難しい話じゃないんですよ。これは、料理人の話じゃなくて、結構日常的な料理の話。普段作っている料理のことで、いつも何気なく作る料理も完成形がうまいかどうかよりもどんな気持ちで料理したかという別の価値観を組み込んでみると面白くなる。味ばかり求めず、中身のある料理を作る。ダブルな価値観で調理する。
僕は呼吸の料理というのを通して、それをやっているけれど、呼吸の料理じゃなくてもよくて、ぜひ、いつも料理を作る時、作っている自分や頂く食材に想いを馳せながら料理してみると、いつもの料理にきっと王者のような風格が出るかもしれないです。今日からチャレンジしてみてください!
 
でも、それって当たり前だけど、やろうとするとどうやって気持ちを込めていいのか分からない!って思った方は、呼吸の料理がオススメです!笑
(今度、料理教室もありますよ!笑)

【料理教室情報】

東京での久しぶりの料理教室です。
詳細はコチラからもご覧いただけます。
> https://www.facebook.com/events/1037937882909851/
■日程: 2016年9月19日(月)10:00~14:00
■場所: 湯河原リトリート ご縁の杜
http://goennomori.jp/access.html
神奈川県足柄下郡湯河原町土肥5-4-6
JR湯河原駅 徒歩5分
TEL:0465-64-0150
■持物: エプロン・三角巾・包丁・手ふき
■参加費:¥6500税込 (講座料・食材費・ランチ代 込)
■お申込とお振込
お電話で直接0465-64-0150にお申込後、お振込ください。
振込先
さがみ信用金庫 宮上(ミヤカミ)支店
普通 0141006 深澤里奈子(フカザワリナコ)
◇特典!・温泉入浴もできます!@1080ミニタオル付
・イベント参加割引!
イベントの前日当日の宿泊を20%割引にて泊まれます♪
詳細はコチラからもご覧いただけます。
> https://www.facebook.com/events/1037937882909851/
 

リトリートで呼吸の料理教室

呼吸の料理の教室をやります。お時間合う方はいらしてください。

【5/29 料理教室のご案内】

素材のチカラと発想力を引き出す
呼吸の料理 〜クリエイティブ編〜
お金や手間をかければ良い食材や調味料に出会えるかもしれない。セミナーに出れば、一時的に食材に気をつけるかもしれない。でも、実際は長続きする人の方が少ないでしょう。長続きさせるコツの一つは、知識や体験だけでなく、体感できる技術として身につける事です。。。
>詳しくはコチラから
今回のワークショップの場所は、温泉付きのリトリートです。帰りに温泉にも使っていけますし、お泊まりいただく事もできます。ぜひ、お越しくださいませ^^
>詳しくはコチラから
 

マクロビ?薬膳?怪しい・・・大丈夫?

ふかさわ:唐突な話だけど、この前、フードサイコロジーの定期研究会の打ち合わせをしながら、自分の食養生のきっかけってなんだったかな?と思った。
思い返せば、僕のきっかけは、バイオレゾナンスという医療だった。
食養生ではないんだけど、地元に引っ越してきたクリニックの先生が、その医療に取り組んでいて、食に対する取り組みを始めるきっかけになった。
食養ってきくと、マクロビオテックとか薬膳なんかが最初に浮かぶ人って多いんじゃないかなと思う。2つとも陰陽論なんていうとても如何わしい妖艶な雰囲気を醸し出しているからか、初めてきくと、怪しい!ホントかな?とか思うんだけど、僕が食養生に取り組むきっかけになった医療はもっと怪しかった・・・

ドイツの自然医学

バイオレゾナンスというのは、生体の共鳴反応を使った療法体系の一種で、ドイツ生まれのホメオパシー(同種療法)なんかも同じような原理を使っている。
共鳴ときくと、僕は、昔小学校の理科でやった実験を思い出す。
例えば、楽器のチューニングをする時に使う音叉。
同じ音の音叉を両手に持って片方の音叉を鳴らしてみると、同じ音なら、反対の手の音叉がなりだす。一方で、音が違うと共鳴反応が起きない。同じものは共鳴反応を起こすってことだ。バイオレゾナンスやホメオパシーも、ちょうどこれと同じ原理を使っている。
例えば、風邪をひいた時に、普通は、問診をしたり症状から判断して、薬を決めるのに対し、共鳴を使ったケア、例えば、バイオレゾナンスだと、ちょっとかわった調べ方をする。

風邪の周波数を流す

ドイツでは鉱物や菌とか様々な物質の固有周波数というのが特定されていて、風邪なんかの周波数もそれぞれ特定されている。
周波数ときくと、???マークがたくさん飛ぶと思うけど、落ち着いて聞いてほしい笑 例えば、ギターのチューニングなんかで使う音叉だって440Hz(ラの音)っていう周波数があって、それと同じように、鉱物や菌にも固有の周波数がある。
(といっても、同じのラの音でも、オーケストラによってチューニングに使う音が440Hz、442Hzなどズレがあるように、実際は同じ物質でも純度などにより厳密には個体差はもちろんあるんだけどね。)
バイオレゾナンスで風邪かどうか判断する時は、風邪菌の周波数を体に流す。そして、ある特定の部位で共鳴反応が大きく起きれば、菌がそこにたくさん溜まっているのだから感染しているだろうという推定がされる。アプローチや薬なんかは、その共鳴反応を打ち消す薬が選択されていく。

アプローチはたくさんある

と、まぁ、この仕組みを利用すると、解剖しなくても共鳴反応を利用して部位や因子、薬やアプローチの推定などができる。要は、自分に同じ要素があるから共鳴するわけで、要素がなくなれば共鳴は起きない。
この仕組みには、いろんなアプローチがあって、自分の歪みをもう一度体に味わわせて自己治癒力を高める方法もある。
例えば、肝臓が悪い人がいたとして、その人の現在の肝臓の周波数をレコードして、もう一度流してあげると、同じ周波数だから、調子の悪い肝臓のところで共鳴が起きる。
そうすると、その人の体は、「肝臓の調子が実は悪かったんだな」って事をはっきり自覚する事ができる。体は不思議なもので、そういうものがはっきりわかってしまうと、悪いところをちゃんと治そうと、自己治癒力を高めてくれる。

同種の民間療法

この仕組みは、ホメオパシーはもちろん、フラワーエッセンスや日本の同種療法なんかにも取り入れられていて、形は違うけど世界中で利用されている仕組みだから、昔の人はよくわかっていたんだなって感心する。
でも、しっかり味わうだけで体が自己治癒力を発揮するなんて不思議だと思いません?僕はめっちゃ不思議だった。
以前、ドイツのバイオレゾナンスメソッドのReyonex社の社長、パウル・シュミットのセミナーに参加した事があったんだけど。。
その時に、バイオレゾナンスメソッドでケアをした時の体温上昇をサーモグラフィーで表した写真がいくつかでていて、メソッドを実行した後の、体温が上昇している箇所が東洋医学の経絡系とかなり似通っていた。(東洋医学もだんだんと証明される日が近いかもなんてロマンを思ったのを今でも覚えてる。)

全く違うシステム

だから、人の体っていうのは、僕らが思っているのとは全然違って、遠く及ばない叡智を内に秘めていて、実際の物質とは違う、僕らがまだ見ることができないレベルでもシステムが動いている。
もちろん栄養だとか予防だとか菌やウイルスへの対策っていうのも大事なんだけど、そうじゃないところも同時に持っているってこと。だから、マクロビとか薬膳のような「見えない」陰陽論を展開する食養生は、ちゃんとシステムとしてしっかりしているし、しっかりしているからそれで病気が治った人もたくさんいる。
でも、僕らは、物質的でありながら非物質的な存在だから、2つとも大事にしていきたい。だから、陰陽論さえ実践できればOKかといえば、やっぱり食べ物に使われている化学物質を避けたり除去できる方法も身につけなきゃいけない。

日常を変える感覚のモノサシ

でも、それ以上に、僕が個人的に声を大にして言いたいのが、感覚を身につける事。単なる直感でなくて、自分の体を通して得られる、ものを掴むのと同じくらいしっかりした感覚としてのモノサシを作ること。
昔の人はよく知っていたというけれど、実際は、昔の人がよく知っていたのでなく、昔は情報が少なかったから、自分の感覚を磨いてそれをプロービングして自分の経験に落としこんでから知識にしていったからなんじゃないかなって思う。知識より先に感覚のモノサシがあったと思う。
フードサイコロジーの柱の一つの呼吸の料理だって、そうだし、味わいのワークだってそう。自分の直感でない感覚のモノサシを身につけるのを優先している。モノサシができると、日常の感じ方だけでなく、選択の仕方が圧倒的に変わる。選択が変わるということは、人生が変わることだといったら言い過ぎかな? 自分の勘でない感覚、ぜひ磨いてみて!
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深澤大輝 (Taiki Fukasawa)

ココロの食養家。ユグラボを主催。ひらめく力を磨き、今の自分にあった滋養食を作る「呼吸の料理」を提案。食と心のケアから、自分らしいライフスタイルを生きるフードサイコロジーを提案。知識を実践的な知識と感覚に落とし込む大人や子供の教育、食育に力を入れている。

<オススメ> フードサイコロジーの味わい講座 人には言えない、個人的なわずらしい問題を「コッソリ」自分で解決し、自分らしい人生の一歩を踏み出す方法を身につけよう。

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ローフードは無敵か?

ふかさわ:
ベジーさんの特集で、まかない料理を作らせてもらいました。卵使ってないのに卵の味がします笑 ちょっと遅くなってしまったけれど、先週末発売らしいので、本屋さんにいったらお手にとってみてください。
そういえば、全然話違うんだけど、この前、ある所で提供する料理の相談にのっていたとき、ローフードの事を話していたんだけど。。。

ローフードは和食

ローフードのメニューでパスタってよく目にした事があるんじゃないかと思う。パスタって言ってもロー(火を通していない)から、野菜を麺のように切ってパスタに見立てるもの。
まぁ、パスタって、ペーストって意味だから練りものじゃない時点でパスタじゃないんだけど、そういうの言い出したら止まらないので、一旦置いといて。。。)
それで、そのメニュー一緒に見てたら、「これって日本でいう『ツマ』やろ?」みたいなん言われて、そうそうツマです。人参とか大根とかで作るような、お刺身に添えるようなそれです。っていう話になった。
これは、料理作っている人の中ではよくある話なんだけど、普通の方から言われると、やっぱそう見えるんだなって、ちょっと納得。出す方は、おしゃれで活気的だと思っているのに、お客さんにはあまり魅力的じゃない事もある。

日本のローフード

海外から入ってくると、なぜか歓迎ムードな、OMOTENASHI感たっぷりの日本だけれど、日本にもローフードがちゃんとある。
いくつかあるけれど、その中に西式健康法というのがある。西勝造が作った、食や体の動かし方、生活の仕方など、生活全体にアプローチする健康法で、食は生食使った食事療法。その当時は、まだまだ回虫症などが多く、野菜は火を入れて食べた方がよかったが、西式健康法では、生食だけをしていれば、回虫を追い出す力があるとしていた。
僕は、本(ふだん料理革命)に、有機野菜でも、寄生虫や菌類によ害が現代でも影で話題を作っていて、調理前の熱処理や下ごしらえの仕方次第で、その害を出す事ができると書いたけれど、この西式の話を取り入れるなら、生の食材だけを取り入れるローフードは、多分その害があっても排出できる体質へと体が変換されていくんだと勝手に推測している。
ただ、西式でも書いてあったけど、生と調理したものの2つを一緒に取り入れては、排出する力が働かないという話が書いてあった。生活の1部だけをローフードにしている人は参考に。
まぁ、珍しく込み入った話をしてしまったけど、食事の選択は、自分の体に合うものを選択できるかにかかっているのは間違いなくて、その感覚を鍛えていくと、頭の欲望にとらわれず、今の自分に必要な食と近づけて選択する事ができる。
>じゃぁ、感覚はどうやって鍛えるのか?

スーパーの食材でも活力を!

ふかさわ:
先日、知り合いの方に血管年齢をはかってもらったら、-21歳で、交感神経や副交換神経などの神経系もほぼ理想値だと言われた。現代人だと、+7とか+10歳くらいが多いらしく、神経系は許容範囲の枠から飛び出している人も多いらしいので、はかられた方が驚いていた。
それで食養家は、素材にもこだわっているから数値がいいんですね、と言われ応えられなかった自分がいた。。。
ウチで普段登場する食材といえば、「どこどこ農場の野菜」とか、「特別栽培なんとか」とか、名前のあるものではない。ある程度は、気を使うにしても、基本的に養生食でなければ、素材選びにブランドやレッテルを使う事はほとんどない。

じゃぁ、どうしているのか

気を使っているポイントは3つ。
1:調味料
2:下処理
3:素材が自分の許容範囲内か
一つ一つ少し話すと。

1:調味料

多分何をおいても、一番気を使いたいのがこれ。調味料がいいと、料理が下手くそでも、人が驚くような料理ができるし、自分も普段からうまいものを食べられる。値段が張る事もあるけれど、味付けが少なくなるので、結果的に経済的になる。

2:下処理

こまかい人だと、農薬だけでなく、寄生虫類や菌が気になる人も最近ではいる。有機栽培なんかは、肥料にもよるけれど有機だからいいというわけでないというのは有名な話。でも、育つ段階でのネガティブ要素は、下処理である程度軽減できる。皮むくとか、50度で洗うとかね。下処理の仕方を知っておくのはとても大事。料理の味の仕上がりにももちろん関係する。

3:素材が自分の許容範囲内か

3つの中でもこれが一番大事だと個人的には思っている。素材とか生育環境の良し悪しってよく言われているじゃないですか。
でも、実際は、人によって処理できる量が違う。例えば、農薬だって、使われている食材を普通に食べてても大丈夫な人と、少し使われていただけで過剰に反応してしまう人がいるし。その時のコンディションによっても許容できる範囲が異なってくる。だから、自分の感覚を高めて、食材を選ぶ時に、今の自分が食べて、自分の血となり肉となるようにその食材の生命を頂くことができるのかどうか、それを意識して選ぶ必要が出てくる。

食のブルジョアにならない

どうやって感覚を磨いていくかといえば、一番手軽で簡単なのは自分の呼吸を意識すること。カラダは自分のことをよく知っていて、「今の自分」にとってネガティブに反応するものは、呼吸が浅くなるし、ポジティブに反応するものは、呼吸が深くなる仕組みを持っている。
人間関係でもそうで、嫌な人といると呼吸が詰まる(浅くなる)経験をしたことがある人は結構いると思う。あれも、「今の自分」がその人を許容できる範囲にないからネガティブに作用をしてしまっている。
呼吸は普段、ほとんど無意識に行われているので、あまり意識することは少ないかもしれないけれど、意識すれば、広告やブランドなどに左右されることなく、「今の自分」に合わせて無理の少ない食材選びができる。高ければ品質がいいわけではなく、食の本質に向きあう姿勢を僕らはもっと追求していくことになるだろう。
と、話がそれたけど、ぜひ、この3つ意識してみてくださいな。
 
> 呼吸で自分の感覚を高める呼吸の料理通信講座はこちら
 

食べ物が自分のベースになる

ふかさわ:
おめでとうございます。(といっても3が日過ぎてしまいましたが、、)んなことは気にせず、今年もよろしくお願い致します!
久々におせちやら、お正月料理やら?を年末年始、食べ過ぎて、今年は2日から食を減らしました。1年に1度は、どんちゃんさわぎも良いもの。そのせいか、昨日一昨日は、夢に久々にうなされた気がしました。

食べたものは夢にでる

こんなことを言うと、怪しいんですけど、食べたものは無意識にかなり影響します。
僕も、普段は、野菜が多いんですが、お祝い事とかの時には肉魚を頂くことが多く。その晩の夢には、食べるものによって、追いかけられる夢だったり、ジャンプする夢だったり、いろいろと見ます。
僕も食養の勉強をしていた時に、夢や性格なんかが食べ物で作られるというのを勉強しました。自分で夢分析を始めると、はぁ〜こんなにも食べ物は無意識に入るか!と、毎回感動します。
と言っても、無意識が食べ物で作られているわけはなく、池に石を投げ入れたら泥が舞うように、食べ物が、人の想いに振り子をつけるようなものだと思ってますが・・・

食べ物も想いの総量

ジョセフ・マフィーは、想いの総量が現実を創っていると言っていたそうですが、最近では当たり前のようにみんな言っていますね。
それと同じように食べ物も、総量のバランスで成り立っています。素材が育つまでに経験した想いの総量、調理人や頂く人の想いの総量。だから、いくらいい材料を用意しても、調理する時や頂く時にネガティブな状態にしてしまうと、料理全体でネガティブに作用するようになる。
逆に、ポジティブな状態に最終的に仕上げると、頂いた後もポジティブに作用する。

動物と植物

ただ、食材自体の想いの強さというのもある。動物はやはり植物よりも想いが大きく、植物はそれに比べ小さい。鉱物なんかになるともっと小さい。(あんまり触れると怪しいから、ココまで笑)
となると、調理する人にそんなに左右されない食べ物は植物性になってくる。素材の想いが強いものは、生産者や調理する側にもいろいろと要求されるものが大きい。
だから、身体が想いと感じたり、なんだか不安感に煽られるなとか感じた時は、3食のうち、1〜2食抜くか、植物性の料理に変えることを試してみてほしい。1〜2食抜くのがきつければ、野菜をジュースにしたものでもいい。
意外と、食に込められた想いや意識は、人に作用しているのだ。正月明けで今日から仕事という人も多いだろうし、ぜひ、実践してみてはどうだろうか?(きっとこの後、新年会とかもあるだろうし・・・笑 現代人は忙しいなぁ)
> 想いの料理を勉強するなら

料理のアイデンティティ

ふかさわ:
今年は無事仕事納めを迎えた。あとは、自分の家のおせちとそばをどうにかして、今年は終了だ。
先日呼んでいただいた出張料理で今年は仕事を納めたわけだけど、その中で、僕の料理を召し上がられた方が、「フレンチジャパニーズだね」っておっしゃっていた。

フレンチ風ジャパニーズ。。。。

僕は、基本的にビーガンの料理をさせて頂くのだけれど、洋風料理を日本の食材でアレンジすることが多い。
自分の料理の中では、胡麻豆腐ならぬ野菜豆腐がその印象が強いのではないかと思う。洋食の前菜としては癖がなく、始まりの一品として活躍してくれるのでよく作る。
今年も何度かお出させていただいた。食べた感じとしては、ちょうど胡麻豆腐とムースの中間の食感。味もムースほど濃くなくて、胡麻どうふほどさっぱりしすぎてもいない。中に入れる野菜は季節の野菜で、今回は大根を入れた。(写真は大根豆腐)。
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料理のアイデンティティ

こんな料理を作っていると、料理のアイデンティティについてよく考える。一体これは何料理だ?なんていう料理なのか?って。
基本的に、今あるレシピから半歩踏み出すと料理アレンジだけど、両足を踏み出してしまうと、全く違う料理になる。例えば、ミートソースに1つか2つスパイスをくわえるだけならアレンジだけど、3つも4つも加えるとキーマカレーっぽくなってしまう。
だから、料理の世界では、1歩半くらいレシピを離れると、すでにあるレシピにたどり着くことが多い。そう思うと、料理の世界はどんどん狭く感じてくる。

レシピをこえて・・・

でもね、僕は思うわけですよ。
同じレシピで作っても作る人が違えば違う味になる。ましてや、食材の糖分や水分なんかが違えば、くわえる調味料の量だって違うわけだから、レシピ通り作っても同じ味になるわけがない。
例えば、ペンネアラビアータという料理があって、僕が今の所一番おいしいと思っているのは南仏で食べたplanet pasta(とかいう名前の)お店のもので、大衆食堂なんだけど、いくらその味を出そうとしても全然できない。同じものを作ろうと思ったら、やっぱその土地の風土だったり素材だったり人だったり、その土地の風味が必要になる。
だから、レシピなんていらないっしょ、っていつも思ってしまう。そんなに凝った料理でなければ、材料に何が使われているかを知れば十分。
まとめると・・・
とりとめない話だけど、ようは、レシピに何を使ってあるか知って、自分の裁量で作れば、料理は十分美味しく作れる。アレンジしたければ、そこから半歩踏み出す。
c’est tout!(それだけっす)

滋味が大事。

みんな味付けや調理方にばかり目が行くんだけど、ホントに重要なのは、食材をどうやったら味付けをなるべく減らして、美味しさを引き出すように調理できるかという所。トップシェフと言われている人たちは、その点に一番注目している。
それは家庭料理も同じで、そこん所をお粗末にしてはいけない。レシピ本を買うよりも、素材の美味しさを引き出す調理の仕方と、自分の感覚を磨いた方がよっぽど料理が上達するし、何より滋味溢れる料理を作り、日々の活力につなげることができる。
形じゃなくて、中身のある料理作り。一年の締めには是非意識してみてください。
今年一年も、ブログやワーク、セミナーや講座を受けてくださる方々の熱く情熱的なご厚意と応援、お声がけにより、無事終えることができました。
来年もより一層、磨きをかけてフードサイコロジーを磨いていきたいと思いますので、皆様、来年もどうぞよろしくお願い致します。今年も、あと1日ですが、良いお年を! (大輝)
> せっかくだから、お正月に勉強するのもアリかもよ・・
 

食べ物の定義。料理の境界線、あなたはわかる??

ふかさわ:
昨日まで久々の九州を堪能。
今回も、太宰府にお邪魔し、地元のお世話になっている方に、一番美味しいんじゃないかという梅々枝餅屋さんを紹介してもらい、ご馳走になった。
確かに、他の梅々枝餅とは一味も二味もちがった。ん〜米、砂糖、あずきと、シンプルな材料でここまで違いが出るとは・・・

梅枝餅のうまさ

梅々枝餅は、丸いお餅にあんこが入っていて、それをパリパリに焼いてある。お土産で頂くのでなく、太宰府で食べる価値は、その場で焼いてもらったお餅を頬張るところにある。表面はパリパリに、中はホカホカ、もちもち。
それを寒い時期に食べるうまさは格別だ。
そんなうまい餅で、今回頂いたのは、温めてもらうと、かなりトロトロに近いゆるさの餅で、あんこは甘さ控えめで美味しかった。

通常盤の2歩先へ

僕は結構好きだったんだけど、一緒に食べていた他の通常盤を知っている地元っ子と、どこまでが梅々枝餅かという話になった。
ここまでゆるいと、料理的にはうまいけど、梅々枝餅なのか?・・と。まぁ、でもそういう話って結構ある。僕らは、無意識に自分の中で勝手な定義を作って価値観を作るのが常だからね。
僕の地元に富士宮やきそばというのがある。わりと今じゃ知られているけど、子供の頃には、普通に日常的に食べていたわけだけど、ブランディングで、学会まで作られ(・・笑)、いまじゃ焼きそばの定義みたいなんがある。

料理の違いは「あんばい」

これは料理だけじゃないけど、半歩まではアレンジ、2歩先に行くとオリジナルになる。
だから、今回食べたお餅も、1.7歩くらい先を行くお餅だったわけで、あと1っぽいったら、それじゃなくなるような気がする。だから、なんでもバランスが大事。
インドのトマトベースカレーとラタトゥイユだって、野菜の味を塩で引き出しているのは同じで、スパイス(またはハーブ)で香り付けしているところも同じ。ラタトゥイユをペーストにして、ハーブの代わりにスパイスを入れたら、カレーかもって思うよきっと。ボロネーゼソースだって、キーマカレーとの違いはかなりきわどい。。。
ようは、結局そこか!って話だけど、あんばいです。食事でケアしようとしると、どうしても料理が単調になるけど、食事が単調になってきたら、2歩踏み出した料理を作ると、かなり食事が変わる。
食養生も日常的にするには、食べる喜びや面白みが大事。
> あんばいを修行せずにマスターするなら通信講座もあります。
*12/20までのご参加された方は、1万円をこちらで負担します。

気は腎臓から動かす!

ふかさわ:
先日、中健次郎先生の気功教室に参加させていただいた。
先日、ユグラボが主催した気功教室の講師のharuくんも一緒に参加し、帰り道にその日でた腎臓の話で盛り上がった。
気功は腎から動かす。腎を動かすとエーテル体が動くと。ほうほう・・・

見えない世界の真実度

僕は、気功の事を15歳の時に知り、体感してからは日常にするようになった。
気功というと、見えない世界だから尺度がなく怪しい。だから、自分の感覚で感じられるくらいに練習しないとよくわからない。
僕も、理論や概念だけだとあまり信じられないタイプなので、実感をするようになって真実味がでてきた口だ。

人間は肉体が衣を着ている

この前も話にでたけど、人間は肉体以外にもいくつか体がある。
そのうちの一つは肉体を動かしているエネルギーの部分で、気功で練習するのは、肉体ではなく、エネルギー体(エーテル体)の部分。

体を鍛える意味

体を鍛えるというのは、肉体を鍛えている事になる。
肉体だけではカラダはうまく動かないので、エネルギー源も鍛える必要がある。それには、エーテル体も動かして鍛える。エーテル体を動かすには腎臓なのだそうだ。確かに腎臓を動かすと、気の流れが強く動くのを感じた。

腎から動く。。

肉体を動かす前に腎から動かす。そして気が動いて体が自然と付いてくる。これがなかなか難しい。。自分が今までしてこなかった動きはかなりの集中力がいる。5分と集中力が持続しなかった。これは練習あるのみだ。でも、最後にした手で印を組んでする気功はとっても気持ち良かった。
意識が朦朧として、瞑想状態に深く入ったようになり、終功(終わりの動作)に入っているのに気づけなかった。
腎から動く、僕も意識して毎日過ごそう!
>> お申し込みはこちら
(お名前、ご連絡先を記載してお送りください。)
今度のharuくんの「お手軽気功の会」は、来月。
日時 2016年1月19日(火) 13時15分〜14時45分
場所 ゆにこむプラザさがみはら
相模原市南区相模大野3丁目3番2号
参加費 500円
講師 haru

2つのカラダを温める食事

ふかさわ:
昨日は、呼吸の料理の料理教室。
東京も寒くなってきたんだけど、昨日も教室中は汗ばむくらい熱かった。参加者の方も、「熱い、熱い・・・」と終始おっしゃっていた。
だいたい料理教室をするとカラダが熱くなる。教室では、2つのカラダをケアする方法を勉強する。

2つのボディー

人には、2つのボディーがある。見えるボディー(物質的なカラダ)と見えないボディー(エネルギーのカラダ)がある。
呼吸の料理では、この2つのカラダをケアする。
ドイツの思想家シュタイナーは、人間は肉体がいくつかの衣を着ているといった。肉体がエーテル体っていう衣着ているんだと。これはインドでもサヤの例えで同じようなことが言われている。

順番に整える

僕は、教室で大抵は体操を最初にするようにしている。
中国の気功でも、肉体レベルから始めて、見えない気のレベルへとだんだん練習の幅を広げていくように、見えるカラダと見えないカラダを順番にほぐしていく必要がある。
呼吸というのは、見えない部分だから、まず肉体レベルでのカラダをほぐすことで、呼吸の通りがよくなり、自分の呼吸を感じやすくなる。(呼吸は普段無意識の領域なので、カラダが凝り固まっている状態だと、意識的に呼吸を感じる事が難しいケースは意外に多い。)

料理でいう2つのカラダ

自分の呼吸が感じられるようになると、いよいよ料理でも2つのカラダにアプローチしていくことになる。
じゃぁ、このカラダを料理でいうとどうなるかというと、見えるカラダは味とか、食感とか、栄養素とか。
見えないカラダは、料理全体のバランスやマイルドさ、食べた時のパッとくる感じとか、味は普通なんだけどなんだか美味しいと思うような全体統括の部分。

2つのカラダを意識する料理

呼吸の料理教室では、この2つのカラダを活かす方法をカラダで実感しながら学ぶんだけど、見えないカラダの方が整った料理が出来てくると、カラダの気の流れがもの良くなるからか、体温が上がる。
作ってて熱くなる。こりゃ不思議ですよ。呼吸の料理っていうのは、知識や味だけでなく、生命力(エーテル体)の部分も一緒に調理する料理。
本当は、どの食養にもこういう視点ってあったんだけど、今レシピとか成分とか見えるものだけにフォーカスしてしまっている。
そんな中で、肝心な野菜の生命力を感じ、活かす技術っていうのを身につけると、料理はもちろんだけど、日常も変わる。しかも呼吸の料理は、呼吸という誰でも毎日していることをベースにしているので、誰にでも今日から取り組める方法。
なんか結果的に、めっちゃセールスになりましたけど、興味のある人は、通信講座是非受けてみて。
> 呼吸の料理通信講座